2000年度

福島大学地域政策科学研究科

「地域社会と社会心理」

カナナデータ研・レポートの紹介(第6回)

大学院「地域社会と社会心理」(火曜夜7限)では、「データとは何か」なる曖昧なテーマをかかげて、いろんな方々に話題提供をいただく研究会方式の運営を行うことにしました。研究会の愛称は「カナナデータ研」にしました。以下は参加した院生諸氏のレポートです。

日時:2000/7/4 19:40〜

場所:行社棟3階  中会議室

講師:筒井雄二先生(福島大学生学教研センタ) 「動物の記憶とコリン作動性神経」

鈴木実 薬物が生体(行動)にどのような作用を及ぼすのかを知るというのが行動薬理学の目的となる.この行動薬理学の観点から,抗痴呆薬開発のために行われた,動物の記憶とコリン作動性神経との関係性に関する研究のデータが今回のデータである.

一般的に「呆け」と十把一絡げでいわれるが,非進行性のものと進行性のものとがある.脳卒中によって引き起こされるものは脳血管性痴呆といい非進行性のものである.これは卒中の部位によって症状は異なってくる.一方進行性の痴呆はアルツハイマー症として知られる,原因不明で起こる神経細胞死によるものであり、その症状は記憶障害として顕れる.抗痴呆薬はこのアルツハイマーに対し,その進行を止める(治療ではない)薬である.

 脳内伝達物質が受容体に届いて初めて,脳は何らかの行動を命じることとなる.この命令を促す神経細胞の原因不明の死によってアルツハイマーによる記憶障害が起きる.したがってその記憶障害に関わる神経が分かればよいわけである.その記憶障害が,アセチルコリンに関わるコリン作動性神経の障害によるものではないかという仮説を立証するため,ラットのコリン作動性神経に人為的障害を与え,記憶障害の発生の有無,あるいは薬理的な作用を与えることが可能かということを実験し,それにより得られたデータが示された.

実験1としては,生後6週間のウィスタ系雄性ラット20匹を実験群(AF64A,5nmol/side,脳室内投与)と対照群(生食,同量,脳室内投与)に分け,放射性迷路課題の成功度と脳内chat活性の度合いとを比較したデータが示された.実験2ではピレンゼピンを投与した生後6週間のウィスタ系雄性ラットを実験群,生食を投与したものを対照群として受動回避学習を行い,実験群の記憶保持が低い事を見た上で,AF102Bを投与する.その薬理作用によって改善が見られれば,抗痴呆薬としての可能性を示すことができるというもので,その実験のデータが示された.

これらの実験は前臨床試験という性質のものである.この実験の発想は,基礎医学などのような原因の究明研究ではなく,薬物の作用によって進行を抑えるという,いわば対症療法的な発想から来ている.ある病理学的な症状に対して,その症状を消すことができるなら当然それがもっとも求められることであろう.統制された実験という環境から得られたデータと,そもそもこの実験が意図する発想は,ある意味クールだと感じた.このような発想は,単純にいえば文系と理系のデータの読みの違いに顕れてくるのかもしれない.どのような発想からデータを見るのかということで,データから読み取れるものも違ってくる,ということもあるのだろうな,などということを感じた.


高橋明美 痴呆は2タイプに分類できる。1脳欠陥性痴呆症 2アルツハイマーである。先生は後者のアルツハイマーの治療薬を開発研究している。アルツハイマーは原因不明の病気であるが、どうやらコリン作動性神経が死ぬことにより初期段階で記憶障害がおきているという。そこで2つの実験を行った。1,ラットを用いて人為的にコリン作動性神経に障害をあたえ、記憶障害がでるか 2,障害がおきた場合、新たなる化合物、薬物を投与し改善するか、改善すればその化合物は治療薬の候補になるだろう。

実験1 ラットを実験群と対照群に分け、実験群にはコリン作動性神経を殺すAF64Aを、対照群には生理食塩水を脳内投与する。その後、放射状迷路課題を通して、記憶実験を行う。結果、実験群は対照群と比べ、正反応数が有意に低かった。このことからAF64Aによってコリン作動性神経を障害した。そして記憶障害を引き起こした、といえる。

実験2 ラットを4グループにわける。1グループは対照群として生理食塩水を投与。他の3グループにはコリン作動性神経に障害をおこすピレンゼピンを投与する。さらに3グループ中の1群にAF102Bを1mg、2群にAF102Bを3mg投与する。そして、受動回避学習をいう記憶テストを行った。暗い部屋へ入る時間が短いほど記憶障害が起きていることになる。結果は、対照群は220秒、ピレンゼピン投与群は100秒、そしてAF102Bの量が1mgより、3mg投与した群の方が反応時間が長かった。このことから、記憶障害をAF102Bの薬物で改善できる、といえる。

 アルツハイマーは原因不明の病気、ということから、このテーマは私たちの暮らしに密着したものだと思った。現在私たちは、元気に暮らしているが、これから発病するかもしれない、また家族がかかるかもしれない。原因解明、防止といった研究はとても意義のあることだと思った。授業の中でコリン作動性神経だけでなくセロトニン作動性神経も関係している、ということ。そして抗痴呆薬の開発にあたり、「人間の中で効くものを見つけるのはバクチのようだ」「何度も何度もデータを繰り返す」という話があったが本当にたいへんなことだ、と思った。そして、実験の際に扱うラット数や回数について「経験的に」決めるということだったが少し考えさせられた。研究者だからわかっている部分があるだろうと思うのだが、現在よく報道される、雪印大阪工場の衛生管理体制の問題や製薬会社「武田薬品工業」の脅迫、製品回収などさまざまな問題が多い。研究開発とともに管理面などにおいてより慎重にやっていく大切さも重要である。


斎藤久美子  アルツハイマー型痴呆症は、コリン作動性神経が徐々に死んでいき、記憶障害が起こる病気であり、原因は不明である。筒井先生の研究は、ラットを用いた、アルツハイマー型痴呆症の坑痴呆薬を開発する目的の研究である。薬剤開発のための動物を使った実験は、前臨床試験といい、今回の筒井先生の発表では、二種類の試験が紹介された。

 2つの実験に共通することは、ラットのコリン作動性神経に人為的に傷害を作ることである。まず実験1では痴呆の動物モデルをつくることを目的として、記憶障害のしくみを探る。次に実験2では科学物を投与して記憶障害が改善するかを調べるのが目的である。

 実験1では、ラットの脳室内に、実験群にはコリン作動性神経を殺すAF64Aを、対照群には生理食塩水を投与する。投与後3週間過ぎたら15日間毎日ラットに放射状迷路課題を行わせ、15日後には脳内ChAT活性の測定を行う。この測定は、コリン酵素の減少を確認するもので、神経がどのくらい死んだのかがわかるものである。実験1の結果、迷路課題では、実験群の成績は時間の経過に伴って上昇していくものの、対照群と比べて低いことや、コリン酵素は記憶にとって重要な海馬において、実験群の方が著しく減少していることが明らかになった。

 実験2では、ラットの脳室内に、対照群は生理食塩水を、ピレンゼピン群ではコリン作動性神経を分解する酵素のピレンゼピンを投与する。その後ラットに受動回避学習の獲得試行を行わせ、24時間後にテスト試行を行う。2つの群の他、ピレンゼピン投与の前に、分解酵素を抑える薬を1mm与える薬1群と、3mm与える薬2群のテスト成績の比較を行う。実験2のテスト結果は、ピレンゼピン群と、薬1群がほぼ同じで低く、薬2群は対照群とほぼ同じで高い成績であった。

 筒井先生の研究は、記憶という目に見えないものを扱うので、記憶力を測れそうなテストをして、記憶に何が関わっているか見る。データは主にラットのテスト成績で、それによって、記憶に関わる物質かどうかの判断を行うのである。今回の発表のようなズバリといった感じの結果が出るまでには、何度も予備実験が行われていること、時間や予算の制約の中研究が行われていること、そしてラットではっきり結果が出ていても、安全性チェックでダメなら人に使えないこと、を知って、ひとつの薬が世に出るまでの歴史を感じた。


大門信也  アルツハイマー型痴呆症は、今だ原因不明だが、患者の脳を見ると一部の脳細胞が脱落しており、コリン性伝達物質を媒介とする脳神経が死ぬことによって、アルツハイマーの症状が起きている可能性が高いと考えられる。これらのことから、コリン性伝達物質の伝達能力を高めれば、病気の進行を押さえられると考えられる。そこで、筒井先生はある2種類の実験を行い、以下のような結果を導いている。

 実験1:コリン性伝達物質の有無によって、記憶行動にどのような変化が起きるかという実験。コリン性伝達物質の低下したラットは、低下していないラットに比べ、記憶行動に支障をきたすという結果が出た。

 実験2:ある薬物がコリン性伝達物質の伝達能力を高めるかどうか、コリンの作用を押さえた上である薬物を投与し、行動実験を行った。結果、投与しないラットに比べ記憶行動に高い能力が認められ、その薬物がコリン性伝達物質を活性化させる効果があると実証された。

 本研究におけるデータとは、“条件統制を厳重に行った上でのラットの行動及び脳内の物質の変化”である。言い方をかえると、本研究はアルツハイマーのメカニズムという“犯人”を同定するための、“決定的な証拠”を押さえることが実験であり、条件統制が不充分だと同定が不可能になる。この場合、実験1ではコリン性伝達物質の有無と記憶行動の変化、実験2ではある薬物の投与の有無とコリン性伝達物質の伝達能力の高まりが変数であり、これ以外の変数が入るとどれが証拠かわからなくなってしまう。

 当然であろうが、実証的研究においてデータとはまさに“決定的な証拠”であり、過去のカナナデータ研をふりかえっても、諸先生方のデータは全てその範疇に入るといえる。その中でも特に今回のデータは、実証的研究におけるデータの純粋な姿を見せてくれたのではないかと思う。


カナナデータ研  佐藤達哉(社会心理学研究室)  福島大学行政社会学部