福島民友2001年1月

 英国での在外研究も10ヶ月が経ちました。長期滞在に当たり,生活者として英国を経験するという目的を掲げていたのですが,次第に日本語システム搭載のノートパソコンが研究生活の「ライフライン」として浮上してきました。図書館によっては19世紀の定期刊行物をコピーすることが許されず,鉛筆で筆写するかパソコンを持ちこんで打ちこむかですし,原稿の執筆のみならずインターネットで日本の新聞を読んだり,また連絡の手段として電子メールをやりとりするなど,一日中稼動し,いつのまにか生活の中で大きな位置を占めるようになってしまいました。

 こうなると,パソコンの調子がちょっと変になると怯え,あやすように使うという按配で,人間の方がすっかり振り回されてしまいます。昨年末にコンピュータ・ウィルスに感染した時には,ロンドンで孤立無援の中,福大の情報処理センターに国際電話をかけて救けてもらいました。新年を迎え,月末にロンドン大学でのセミナー報告を控え準備を進めていた最中に,今度はステイ先の猫が机上の書類の山に登り,山が崩れ,そばのマグカップが倒れ,パソコンに英国ミルクティー(蜂蜜入り)が降り注ぐという事件が起こりました。英国ではこういう時でも「キャアキャア」騒いではいけないと言われているのですが,この時は突然の災難に(日本語でも英語でも)叫び声すら出ず,蒼ざめながら液体を拭き取る作業に徹しました。案の定機能停止したパソコンの中身が乾くまで二日待ち(メーカーの相談室に国際電話をかけてアドヴァイスをもらい),その後「ロンドンの秋葉原」と言われるトテナムコートロードの修理屋で,キーボードを取り替え,内部でねばつく蜂蜜を拭き取ってもらい,やっと機能回復しました。アラブ系の修理担当者が当初の見積り170ポンドを現金なら100ポンドにすると値下げしたのは,有難くも怪しい感じなのですが,お陰様でその後は順調に動き,無事セミナー報告も終えることができました。猫を責めることもできず,自分に戒めたのは20年ぶりに甦った懐かしい格言でした。"It is no use crying over spilt milk-tea (with honey)."「覆水盆に帰らず」―英国紅茶ですが。