創刊の辞

西川 泰夫

北海道大学文学部心理システム科学講座

 ここに「心理学史・心理学論」の専門誌を立ち上げることを宣する。

 本誌を創刊するにあたり、志を同じくする仲間とともにもろもろの作業に携わった一人として、念願の実現にともかくもこぎ着けたことは、いささかの自負と感慨を催さざ

るをえない。また、当口上を申し述べる任を仰せつかったことは、諸先輩を差し置いてはなはだ僣越であるが、それなりの年輪を重ねた筆者への老若を問わず仲間たちからの

暖かい配慮の賜物であると理解し、申し出を引き受けた次第である。

 個人的な思い入れはさておくが、「心理学」の公的な位置付けについて少し考えてみよう。そもそも「今あるような心理学はなぜそのようにあるのか」、この問い掛けに、心理学の専門家を自認するあなたは、いかに答えることができるであろうか。また、この分野の専門家にとってのみならず、広く一般的に受け入れられている「学名」として余りにも当然のことであろうが、「心理学」とそれを呼び習わしている。では、それはいかなる語源からそういわれるに至ったのか。それは誰によって、何時のことであったのか。その際の基本的な学問としての性格付け、パラダイムはどのようなものであったのか。これらに的確に答えられる専門家はどのくらいいるであろうか。

 こうした基本的な問いに適切に答えられないとすると、今あるような心理学はなぜそのようにあるのか、も的確に答えることはできない。これに付随することととしてこの他にも早急に対応と打開を図らなければならない大きな問題点がある、といえよう。

 とくに、これから心理学を公式に学んでみたいという高校生以下の前途に夢と希望を持った若い方々が、対象としての心理学とはどのような学問であるのか、鋭く問い掛けるに違いない。そのための準備として何が欠かせないのか。

 これにいかに答え得るのであろうか。

 また、夢や期待の実現を図るべく大学において心理学を学び始めた初心者が抱く心理学への違和感にいかに答えられるであろうか。そして、なぜそうした心理学を学ぶための「教育カリキュラム、学科目」になっているのか。いったい、実験とは。その論理的前提となる推測統計学や確率論はいかなる意味で不可欠なのか。

 これらに関する疑問はすべて、心理学の基本性格にまつわることがらである。

 言い換えると、「心理学とは何であるのか」「その成り立ちの源流は何であり、その経過と経緯、つまり歴史はどのようなものか」これら心理学を根底から支える基本的な枠組みとその論拠は、「心理学論」、あるいは「心理学基礎論」、そして「心理学史」が問われる。

 心理学の果たしている様々な側面のうちで、もっとも基本となる、教育、研究、そして社会的実践と援助、支援といった多くの基本的な可能性をめぐっては、その抜本的な成立基盤を明確にしなければならない。それ抜きには、すべての営みが砂上楼閣に成り果ててしまうのは否めないのだ。

 本誌は、こうした問題の所在と問題意識を共有する仲間によって、科学的な議論、ならびに広く議論を繰り広げる公開の広場として、立ち上げられたものである。

 以上のような問題の所在と問題意識を共有でき、さらにはそれへの取り組みに科学的な解決を図ることに興味と関心のある方々すべてに、専門家はいうまでもなく広く心理学に知的関心を寄せる方々に、本誌を立ち上げたことを宣言したい。

 いうまでもないが、ことは始まったばかりである。それにどのような形を付与し得るかは、今後の恐らく立ち上げ以上に困難と遭遇しながら、解決を図っていかなければな

らないに違いない。

 多くの方々の暖かな支援にとどまらず各自の積極的な参画と協力をいただきたい。

 また、本誌は専門誌の性格上、編集委員会を構成する二人以上の委員による査読と、ならびに必要に応じて、その審査内容に基づく執筆者との討議によって、学問史の観点や心理学論の観点に則し、より良い論文作成のための相互検討、あるいは共同作業も試みる。

 科学論文として質の高いもの、そして世界への発信を可能にすることを目指すためである。

 今回の立ち上げに当たっても、掲載論文はすべてこの作業によって決したことを記す。

なお、この作業に当たる編集委員は、本誌に記載の通りである。また、本誌編集作業、ならびに刊行を行う組織として、これを『「心理学史・心理学論」刊行会』の名称を用いる。英文誌名は、「The Society of History of Psychology and Psychology Studies」とする。細かな編集規定や論文投稿規定は、現在、日本心理学会、あるいは心理学評論刊行会の規定に準じたものを想定している。追って整備を図る所存である。

1999年 7月30日

編集主幹 西川 泰夫


『心理学史・心理学論』創刊号目次